TWIN SIGNAL VERSION "IF" SECOND EDITION |
MASAKI NAKAGAWA |
Cigar Break |
仲河 まさき |
どーにも頭が煮詰まったせいか、無性に煙草が欲しくなって、上着を軽く一枚羽織るとベランダに出た。 吹き抜けの冷たい風に肩をすくめながら、煙草に火をつける。 夏場はいいが、マンションの高層階の真冬の夜のベランダはやはり寒い。 「オラトリオ?」 がらりと閉めたはずの窓が開いて、締め切り間近で泊り込みの打ち合わせに来ていたオラクルが苦笑を向けた。 「遠慮しないで、中で吸いなよ。風邪を引いたらどうするんだい?」 「なーに言ってんだよ。また、咳してるだろ。お前」 さりげに風の方向を確認する。 気管支の弱い従兄弟に煙草の煙が流れていかないように場所を変えると、オラトリオは続けた。 「窓、閉めろよ。冷たい風は喉に悪いぞ」 「もう…そんなにしてまで吸いたいものなのか?」 オラクルが苦笑を浮かべて、手に持っていた携帯用灰皿をオラトリオに放り投げる。 片手で器用に受け止めて、オラトリオはにやりと笑った。 「サンキュ」 「それ一本吸ったら、すぐに中に入ってくれよ」 「分かってるって」 ひらひらと手を振ったら、べーっと子供っぽく舌を出されてぴしゃっとドアが閉まる。 暖房で曇ったガラスの向こうは見えないが、オラトリオはそれには背中を向けてベランダの柵にもたれかかると、夜の都市を見下ろした。 高層ビルの上に点滅する赤いランプと、うっすらと明るくぼんやり浮かびあがる都心の輝き。 遠くから響く、車やバイクの行き交う音。 見下ろすここから見れば、それらは全て、遠くはるかな他人事でしかない。 「まるで、不夜城だな」 煙を吐き出して、オラトリオはつぶやく。 煮詰まっていた頭が寒さとニコチンのおかげて一気に覚醒していくのが分かった。 確かに寒いことには寒いのだが、冬の夜は嫌いではない。 夏場はどんよりと濁って星さえも見えない空が、冬になれば一気に視界が開ける。 郊外に比べれば、それでも地上の明かりの方が全然眩しくて、数えるほどにしか星は見えないのだが…。 「地上の星座…じゃちょっとロマンチックすぎるな」 携帯用の灰皿に灰を落として、煙と一緒に苦笑を吐き出す。 オラクルはいいが、あの小憎ったらしい担当編集が鼻でせせら笑うシーンが容易に想像できて、途端にむかついた。 「オラトリオ」 再びドアが開く気配がして、白い湯気がたゆとうマグカップが彼に差し出される。 つん、と香るブランデーの匂いに思わず笑みがこぼれた。 「オラクル」 「オラトリオが風邪ひいたら、私は帰らなきゃならないんだからな」 煙草よりも風邪を移される方が大変なんだ、とツンとした声が告げる。 オラトリオは笑いながら煙草を揉み消して、差し出されたマグカップを受け取った。 淹れたてのミルク・ティーにほんの少し足したブランデーの思いやりをかみ締めて、オラトリオは2本目の煙草に火をつける。 「…まだ吸うつもりなのか?」 窓の向こうのオラクルが呆れたように肩をすくめてこっちをにらみつけてきた。 「おう!おかげさんであったまったからな」 陽気に応えるオラトリオを、あきれたように見つめ返して、オラクルは辛らつに付け加える。 「現実逃避もいいけどね。いくら逃げたって締め切りは待ってくれないからね!」 その言葉と共にピシャッと閉まった窓ガラスにオラトリオは思わず苦笑を浮かべた。 「きっつー」 んなこと言ったって、今更やめられるもんでもねぇし。お前には影響ないように遠慮してんだから、煙草の一本や二本くらい吸わせてくれよ。 と、一度くらい本人に面と向かってそう言ってもいいかな、などと考えつつオラトリオは夜空に同時に立ち向かう紫煙と湯気を見つめる。 どこかで救急車のサイレンが聞こえて、それを合図とするかのように煙草を揉み消してマグカップの残りを飲み干した。 「さて、お仕事しますか」 うーんと背を伸ばして、しぶしぶと温かい部屋に戻る。 |
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あ と が き | |
BISMARCさんの8000Hitリクエスト「IFでほたる族なオラトリオ」です。実話です(撲)仲河は慢性の気管支炎で喘息持ちなので、煙草の煙はもちろん風邪の菌に感染してもたやすく呼吸困難になるんですけど(苦笑)昔、友人の家で皆で修羅場してた時(もちろん真冬)に友人の一人が気を使って灰皿と煙草抱えてベランダに行って真っ青になって震えながら煙草を吸っていたことがありました(笑)リクエストをいただいた時、真っ先に浮かんだのがこのシーンでして、いや本当に「そーまでして吸いたかったから、中で吸え」と思ったのが本当のところでした(大笑)しかし本当にただそれだけでして…BISMARCさん、オチもイミもヤマもなくってごめんなさい。 これが本当の…●●●話(涙) えっと、一応連載ifとは別設定で書いてます。 |
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